ある平日の昼下がり,所用のあと,会社に向かうついでに秋葉原へ買い物に行ったときのことです.せっかく秋葉原に来たので私が好きなあるアニメのDVDを探すべく各店を回っていたら,怪しい二人組に声を掛けられたんです.「キミ,日本人?」とか.
ご存じの方も多いと思いますが最近,秋葉原は治安が悪く,お金はあるけど気の弱そうなヲタクを狙った恐喝事件が多発しています.特に人気の少ない路地裏は危険といわれているのでそういうところに行かないようにしていたのですがここは中央通り,電気街のメインストリートです.とにかく怪しい人に声を掛けられたら相手にしないでその場を離れるのが基本ですから私も逃げようとしました.しかし彼らはしつこくつきまとうのです.
ちょっとこれはやばいです! 助けを求めるべく近くの店に逃げ込んで店員に助けを求めました.「助けて下さい!変な人に絡まれてるんです!警察を呼んで下さい!」しかしこの店(パチンコ屋)の若い店員たちは微妙に困惑した表情をしつつ地蔵のように固まったままで何もしてくれません.仕方なくこの店を出て近くのある電器店に入って50歳前後の店長と思われる店員に助けを求めました.しかし黙ってみているだけで相手にしてくれません.
そしてとうとう彼らの一人が私の腕をつかみました.いよいよやばい! 「いい加減にして下さい! 警察を呼びますよ!」 そうしたら彼らいわく,私たちは警察だと.しかし一人は中肉中背のオタク系,もう一人は小柄で怪しい感じのオタク系,二人組だと怪しい凸凹コンビにしか見えなかったので私には到底信じられませんでした.
私が信じられない旨を伝えると彼らのもう一人が手に持って何かを見せてきました.下にぱかっと開くと上に彼の写真,下に金色に輝くエンブレムのような物がありました.彼曰く,警察手帳とのことですが,こんなアニメみたいな凝ったアイテムが警察手帳であるはずがないと思った私は「こんなまんがみたいなのが警察手帳なわけないだろ!」と言いました.
「嘘じゃない」(「嘘じゃねぇ!」と言ったような気もしますがよく覚えていません) いわく,最近変わったのだと.また彼らは警察官ではないといわれたことに機嫌を悪くしたのか態度が悪くなりました.言葉遣いもあからさまに相手を見下した物になりました.そして彼らはもう一人仲間を呼びました.「モンスターは なかまを よんだ」のノリでしょうか.ますますヤバイ.
「警察署に行きますよ」「離して下さい!」…腕を引っ張りますがだめです.「公務執行妨害になりますよぉ」こういわれて腹が立ってきました.仮に本物の警察官だとしても無実の人間をつかまえてこんな仕打ちをするのは許せないと思いました.
そうこうしているうちにいつの間にか万世橋交差点まで来てしまいました.彼らはここを直進しようとしたのですが私の記憶では進行方向右側(右斜め前)に交番があったはず.(どこかに連れ込まれる!)と思った私は右に渡ろうとするですがだめでした.そして横断歩道を渡ると左手には彼らの言うとおり警察署がありました.右手の交番が私の記憶違いなのかはともかく,彼らの言うことは本当でした.彼らは本当に警察官なのか?それとも警察とグルなのか? 判断はしかねましたがいずれにしても今はこのまま警察に行くしかないと思いました.警察で無実を証明するしかない.
「ちゃんと警察に行くから離せ!」しかし今までの行動からは信用できないからと離してはくれませんでした.
万世橋警察署の建物に入ると取調室に連れて行かれました.荷物をすべて検査されたところでようやく無実が証明されました.たまたま健康保険証を持っていたのが幸いしたかもしれません.これを持っていなかったら身元の確認がとれるまで何時間かかったか…あるいは勤め先の社長かうちの兄(ほかの家族は東京にはいない)にでも来てもらわなければならなかったかもしれません.
どうやら私を捕まえた二人組は本当に警察署員だったようです.私が無実だとわかってからは口調もかなり穏やかになりました.私の印象では特に悪いやつではなさそうです.(ここの警察署員は彼ら以外もオタク系というか失礼ながら警察官にしては冴えない感じのルックスの人が多かったです)
彼らいわく,制服では犯人は捕まえにくいので私服で巡回しているのだそうです.確かに犯罪者の立場で考えればその判断は正しいと思います.しかし私服巡回が有効なのは現行犯を逮捕する場合に限られるのではないでしょうか.怪しいと思った人間に声を掛けて尋問するのは適切ではないと思います.なぜなら恐喝犯や絵売り女のような怪しい商売人がうようよいる治安の悪い秋葉原においては「あやしい」と思った時点で逃げないと危険だからです.
また彼らいわく,警察の身分を明かした時点で素直に警察まで来てほしかったようです.しかしこれには同意しかねます.失礼ながらさえないオタク風の顔立ちを含めたルックスは警察官のイメージにはほど遠いのです.(秋葉原の私服巡回のための変装という意味では完璧といえるでしょうが)
警察手帳にしても私のように変わったことを知らない人少なくないのではないでしょうか.新しい警察手帳はこんな感じの物でした.私が見たときはもう少し派手な印象だったのですが興奮状態で正しく判断できなかったのかもしれません.一方,私の知っている警察手帳といえばこれなわけで,私の世代だと特にテレビドラマの影響でこのイメージが刷り込まれているんですよ.(『警察手帳』と書かれているのはテレビドラマの話で…というのは知っていました)
もうひとつ,さらに彼らはあのとき,私を犯罪者だと思いこんでいました.「警察だと言ったら逃げようとした」(だからつかまえた)って言われたのですが,見たこともない警察手帳を見せられても信じろという方が無理です.また仮に信じることができたとしても,ここで素直に彼らに従って警察署に行くということは私は犯罪者のレッテルを貼られて,平日の昼間とは思えない数の通行人にのさらし者にされながらメインストリートを歩かなければならないと言うことではないでしょうか.
秋葉原での犯罪の撲滅と治安の回復のため,彼らにはがんばってほしいとは思いますが,そのやり方には問題があると思います.正直,もう秋葉原には二度と行きたくない気分になりましたよ(私は懲りない人なのでまた行きますけどね).
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ともあれ,この事件で心身共に疲れました.万世橋警察署を出てから助けを求めた店に報告に行きました.もう買い物もしないでそのまま帰りたい気分でしたが,私は無実であるとはいえ騒ぎを起こして申し訳ないという気持ちもありましたし,このまま犯罪者だと思われるのは心外だったからです.
最初のパチンコ屋ではやはり店員は困惑して固まってしまいました.本当の暴漢が乱入したときのことを考えると心配になります.次に電器店.しかしさきほどの店員は無言で疎ましげに私を見るだけでした.(また来たのかよ! うぜえんだよ! さっさと消えろ!)とでも言わんばかりです.まずいことに私は「警察に行ってきて無実を証明しました」とでも言えばまだ良かったのに「さっきはすいませんでした.でも何も悪いことは何もしていないんです」なんて言ってしまったのでうまく伝わらなかったのでしょう.でも,それを差し引いても納得できるわけでもなく,悔しかったです.今回の事件では警察官よりもむしろこちらのほうに腹が立ちました.彼の何ともいえない表情は一生忘れることはないでしょう.